艶めき美人コンサルタント
久高直美

あなたの中にまだ 眠っている艶めきを開花しましょう。

艶めき美人コンサルタント 久高直美
艶めき美人コンサルタント 久高直美
艶めき美人コンサルタント 久高直美

艶めき目覚める〈 直美とお話会 〉

2019年 93日(火) 11:00〜13:00

【参加費】2,000円 (税込) / 簡易ミューズ診断込み(飲食代は各自で別途お支払いください)
【会場】那覇市内のホテルラウンジ / お申込時に、会場の詳細をお伝えいたします。

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その他メニュー

♦︎ミューズ診断(カウンセリング込み) 2時間 10,000円
ご自身の個性・魅力を表すカテゴリーから人にどのような印象を与えているのかがわかり、ご自身の個性・魅力を理解することにより自分に合うファッションイメージがわかります。

♦︎ショッピング同行 3時間 20,000円

♦︎パーソナルレッスン 4時間 35,000円
ミューズシステム・ミューズカラー診断、ヘアメイク、ファッションstyleアドバイスなどで、あなた色の艶めく輝きを引き出します。

〈 その他、あなたの目的・希望に応じたカリキュラムも作成致しますのでご相談下さい 〉

艶めき美人コンサルタント 久高直美

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Blog:https://ameblo.jp/naomikdk E-mail:naomikdk0227@i.softbank.jp Facebook:https://www.facebook.com/naomi.kdk
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拠点:那覇市銘苅3丁目(株式会社NKリライアンス)

艶めき美人は一夜にしてならず

30代・40代で「何をした?」「何を学んだ?」

これまでの道のりから「今ココにある輝き」の理由を探り、
素敵な40〜50代を送りたいと望むあなたにエールを贈ります。

Profile
久高 直美 (くだかなおみ)さん(53歳)

妻であり二人の娘と1匹のマルチーズの母
艶めき美人コンサルタント/株式会社NKリライアンス取締役/ウィズブライト・イメージコンサルタント・プロフェッショナル/スパセラピスト国際ライセンスCIBTAC保持

洋裁店を営んでいた母の影響で洋服が身近にあり、好きなる。学生時代にアルバイトで勤めていたブティックでは、自身の買い足しコーディネイトや「売らない接客」と的確なアドバイスが評判になり、社員を抜くTOPセラーとなる。

20歳で『ミス那覇』に抜擢。那覇観光キャンペーンレディとしての活動の中でコミュニケーション能力を発揮。事務職から接客業に転身を考え、ホテル観光科のビジネス学校へ入学。卒業前に沖縄ハーバービューホテルに採用され7年間、ホテルの表舞台で勤務したのち、結婚と同時に退職。

久高 直美

育児中にパソコンスキルを身に付け、スパセラピスト育成の学校に通い、知識や技術を学ぶ。順風満帆かと思われた矢先、大切な家族の病気が発覚。ともにした1年の闘病生活の中でセラピストで学んだスキルが生かされることになる。自身のメンタルも鍛えられたことにより、自分探しの一環で女性の異業種交流会やイベントに積極的に参加するようになり、師匠である酒井淑恵氏と出会う。

イメージコンサルタントとして活動をはじめた頃、2019年4月『ミセス・ジャパン沖縄大会』への出場に挑戦。その輝く姿に多くの女性を魅了しつつ、 自身の仕事を生かす舞台となった。

えら部 8-9月号

久高 直美

はっとさせられる紛れもない美人にして、愛嬌たっぷりで驚くほど気さくな久高直美さんの現在の『艶めき』の秘密は、半生における家族の影響にあり、家庭を大事にし自分も女性として大切にしてきたところにある。そんな直美さんの外見だけでなく内面の美人度も探ってみよう。

洋服好きは母の影響
洋裁店を営んでいた母はよく、姉とお揃いの服を作ってくれました。沢山の洋服に素敵な布。今思えば私の洋服好きはこの環境にあったのだと思います。短大時代にブティックでアルバイトをしていたのですが、自分の着こなしから会話が膨らんだりして、商品を売るというより、ファッションの話を楽しんでいました。すると勤務時間が長い社員より売上が上がり、「社員に」という話もありましたが、すぐに就職する気にはなれず、卒業後は子ども向け学習教材を管理する事務系のアルバイトをしました。塾の先生に「ミス那覇に応募してみたら」と勧められ応募してみたところ、本当に抜擢されてしまい結局は1年間、就職活動ではなく那覇観光レディの活動とバイトを続けることになりました。

『ミス那覇』の栄冠がもたらしたもの
ミスになると、気苦労で痩せました(笑)。背筋を伸ばして歩くことが基本なので、一部の人達からは「冷たくなった」「天狗になってる」という声も聞こえましたが、そういう考え方もあるのかと、とても勉強になりましたし、20歳では経験できないような出会いや学びを沢山させて頂きました。更に「観光やホテルに関わる仕事に」という明確な目標もでき、必要なスキルを学ぶために専門学校に通いました。簿記と秘書検定も受け、運よく卒業前には念願のホテルに就職が決まりました。そのホテルは沖縄でも格式あるホテルで、政界・企業のトップやタレントから国賓まで、その接遇を担う仕事として私はフロントやゲストリレーションを担当しました。

やっと手にした念願の職を結婚で手放し
20代後半に主人と一緒になりました。早く子を望む二人にとっての優先を考え、退職することに。私は器用ではないので一度にあれもこれもできない。昔から何かを始める時にはスパッと何かをやめるのが常でしたし。自分の人生ではあるけど、家族がいるから私がいる。家族をおろそかにしてまで自分で何かをしたくはない。その辺りは夫の経済力に支えられました。

30代の育児中は女性であることを手放し
育児に奮闘した30代は、自分が女性であることを忘れかけていました(笑)。長女が生まれた頃の髪はショートカット。育児をしているうちにお洒落に気をつかう時間も気力も失せ始め、ブランド服の存在感に丸投げしてパっと着ては、それなりに見える服を、似合ってもいないのに着ていました。

人生の転機
それは車の免許取得と、ある女性税理士との出会い。次女が幼稚園に入園する頃、お稽古ごとの送迎が大変になってきた折に車の免許を取得しました。送迎が楽になっただけではなく家族の看病で救われるとは、当時は思いもよりませんでした。女性らしさを失いかけた頃に外に連れ出してくれたのは、主人の会社の顧問税理士である女性。信頼ある先生からランチや呑む席に誘われるようになってようやく、お洒落して化粧する楽しみができました。結婚したら夜の外出はできないものと思っていましたが、主人は子どもの約束守ればOKと。日中も自分のためにパソコン教室に通い始めたりスパセラピストの学校にも通いはじめました。そのセラピストの知識と技術がこの先に向かえる大切な家族の看病に生かすことになるなんて。

40の手習い
税理士の先生に紹介されたパソコン教室は職業訓練の一環で行われており、年齢制限が39歳迄。しかも期間限定でしたので迷わず受講しました。ここでは、いろんな地域から年齢も職業も様々な人が集まっていて、一緒に勉強しているだけで世界が変わりました。家庭だけではなく自分の学びの時間を外に持つことで携帯やパソコンも持つようになりました。先生との出会いやお誘いが無ければ間違いなく、今でも専業主婦のままでいたに違いありません。その学びは自分の自信に繋がりました。そうして子どもが学校に行く時間に何かをしようと考えた時に、子どもの手が離れたら自分が好きな美と健康に関わる仕事がしたいと思うようになりました。セラピストというよりはスパの経営の方に興味があったのですがいずれにしてもセラピストの気持ちがわからないといけないと思い、スパセラピストの国際ライセンスを取得できる学校に1年間、通いました。身体の事を学ぶ座学から実際の施術まで、知識と技術を身に付けました。

家族に生かされた学び
そうこうしているうちに、大事な家族が病気に。心と身体のバランスを崩し本人も苦しんだと思いますが、まわりの家族もそれを心配して苦しみました。しかし、私にはセラピストで学んだ身体のことメンタルのことがこの時に家族にもそうですが自分に大変役に立ちました。あの学びがなければ「何でどうして」と理解ができず自分へのプレッシャーにも押しつぶされていたかもしれない。私が家族にできるのは、一番安心して信頼できる人であること。これが最も療養に必要なことがわかっていたのですね。朝から眠るまでずっと側に居させてもらいました。生活のリズムをつくり、よくドライブにもいきました。ドライブの景色に癒されました。主人も協力してご飯を待ってくれたり、作ってくれたりしました。  そう寄り添ううちに、医師も驚くほどに経過が良好で1年で克服ができた頃には、主人が「直美だったから治せた、立派な母親なんだ」と。自分の親に自慢している姿をみて、自分が母として妻として認められたようでとても嬉しかったです。これは家族がいたから乗り越えられた壁でした。自分が働いていたら出来なかったのです。専業主婦でいさせてくれた主人に感謝なのです。

自分の天職に辿り着いた出会い
その人に似合う装いをアドバイスしたり、魅力を引き出したりする仕事って何だろうと考えていた時に、『イメージコンサルタント』という職業があることを知りました。タイミングよく知ったのが大阪のイメージコンサルタントの巨匠、酒井淑恵さん。一瞬で「私が学ぶのは、この人からだ」と感じました。酒井先生の美しさは外見だけでなく内からにじみ出てくるものがあり、不動の何かをもっていらっしゃいました。イメージコンサルタントの仕事は、自分に自信を持つためにTPOに応じて自分で自分の装いができるようになること。メイク・身だしなみを自分でプロデュースできることです。正しい美は周りを幸せにすると私は思っています。正しい美=自分に合う美=自信。人と同じでなくていい、比べなくてもいい。自分らしい美で自信をつけることが目的です。

初仕事はパーティーのドレス選び
酒井先生から1年ほど学ばせて頂き、自分らしい美の在り方を見つけました。それから、女性が集まるパーティーやイベントに積極的に参加するようになりました。特にイメージコンサルタントとして仕事をしようとは余り考えていなかったので、求められればお友達をお相手に、必要なアドバイスをさせて頂きました。そんな遊びか仕事かわからない状態で自分が楽しんでいましたが、昨年ようやくパーティードレス選びのコンサルタントのお仕事をさせて頂きました。その際に「自分に似合うドレスで自信と意識も目覚めた」「ドレスを脱いだら日常だけど自分は女だという意識が持てた。その日から姿勢や自分の見方や考え方が変わった」と素敵な感想をいただき、とても嬉しかったです。この仕事は私にとってまさに「天職」と思える仕事でした。

ミセスジャパンで得たもの 
今年の4月に行われたミセスジャパン沖縄大会出場に挑戦させて頂きました。タイトルこそ取れなかったのですが目的は世界のステージではなく、自分の新しいステージに上がることだったのでその目的は十分に達成することができました。『年を重ねた分だけもっと、女性は艶めく』これを自分で体現したかったのです。年齢を重ねて、あきらめるものは何もなく、女性としてもっと輝き自信を持ってもらいたい、 !そんな思いを伝え、舞台から降りました。人のカラーはいろいろです。同じ人である必要はないし羨ましく思う必要もないのです。私は常に人を見る時は、その人オリジナルのカラーを考えます。私はイメージコンサルタントという肩書に巡り会えて幸せです。自分の好きなことが仕事になる、女性を輝かせることが社会貢献になる。女性であることを忘れず、いつも自分を大切に年相応な艶めき美人が増えると嬉しいです。

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